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今日は久しぶりに長く撮影しました。


ガイジンのneonwondergirlです。 


まず報告:「次の映画祭の締め切りは書いてあるけど、映画祭自体の日にちは見つからない!」というふうに言われました。たしかにですね。

映画祭自体は5月29日と30日です!

 

それでですね。

 

撮影をするというのは、元々暴力的なところがあるというのは有名ですね。それは昔から撮影する時に個人的によく感じていましたが、この数年は一般社会ではそれが再び強くなった気がします。

 

こういうことについてはどこで誰か書いてるだろうと思うので、知ってる方がいればコメントで皆に教えてください。

 

「撮影をする/されること」に対しての一般的の意識は3つの時代に別れてる気がします。どうでしょうか。

 

大昔の映像を見ると、「カメラ」というもの自体はまず分からないし、撮影されている人の顔を見ると面白いですね。「自分の姿が機械を通して残る」という発想は新しかった時代ですね。だんだんカメラ/撮影ということになれて、時代が変わりました。

 しかし、デジタル/ネット/それからユーチューブの時代でだんだん一般的の意識がまた変わりませんでしたか?

 

3つ時代:

1.「その機械はなんなの?」

. 「あなたは私の顔を撮って、あなたが持つ」(一般てきに。映画会社が撮る映像などが例外で)

.  「あなたが私の顔を撮って、数分後は世界中で見れる」というのがだんだん一般的になるのではないでしょうか。

 

「段階だけ」と言われるかもしれませんが、実は時代が完全に変わった気がします。

 

個人的にはもう、自分は撮影してる時は暴力だと思っていません。「撮影するというのはそういうところもある」を意識しながら撮っています。

 

「セックスは暴力」と思った時代も長かったですし。


今日の撮影は非常に楽しかったです。

 

 

 

 

| 馬橋映画祭実行委員 | [週刊] 馬橋コラム | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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